旭化成 採用ポータルサイト
企業情報、事業内容、研修・福利厚生制度など
共通情報はこちらから >
2022年7月4日、宮崎県・五ヶ瀬川で発電所の竣工式が行われた。旭化成の事業の原点とも言われる「五ヶ瀬川水力発電所」の改修工事が完了したのだ。約100年前に建設された発電所を、次の100年へとつなぐ社内でも前例のない壮大なプロジェクト。当初はわずか3人で始まった。その後、仲間が少しずつ加わり、プロジェクトは次第に大きな使命を帯びていった。設計の前提も明確な正解もない中で、技術者一人ひとりが判断を積み重ねながら、プロジェクトは前へ進んでいった。その挑戦の軌跡を追った。
W.K.
生産技術本部
エンジニアリングセンター
土木建築部
Y.H.
延岡支社
延岡インフラ更新プロジェクト
K.S.
延岡支社
延岡インフラ更新プロジェクト
※所属組織は当時のものです
01
「五ヶ瀬川水力発電所」の誕生は今から約100年前の1925年。生みの親は、旭化成の創業者・野口遵(のぐち・したがう)である。
世界初のカザレー式アンモニア合成工場の建設を目指していた野口は、アンモニア製造に欠かせない大量の電力を手に入れるため、宮崎県北部に水力発電所を建設することを決断。鉄道もない時代。中心部から30km以上離れた山奥での工事は、困難を極めた。資材を運ぶだけで1カ月かかったという記録も残る。
完成までに要した時間は約5年。
この「五ヶ瀬川水力発電所」の完成を皮切りにいくつもの水力発電所が建設され、これらの自給電力をエネルギーの基盤として、旭化成は事業を拡大していった。まさに「五ヶ瀬川水力発電所」こそ“旭化成の事業の原点”と呼ばれるゆえんである。
以来、約1世紀のときを経る中で「五ヶ瀬川水力発電所」も老朽化が進み、2019年、改修に取り組む延岡インフラ更新プロジェクトが発足した。
老朽化への対応は避けて通れない。しかし、単なる修繕ではなく、「今後も安定して発電を続けられる構造へどう進化させるか」が問われるプロジェクトだった。
誕生以来一度も大規模な改修工事が行われなかったということは、建設に関わった人間も、資料も、すでに存在しないことを意味する。当時の図面も記録も限られる中、既存構造をどう活かし、どこを刷新するのか。現場を見て考え、判断する力が求められた。
プロジェクトにアサインされたのは、わずか3人。
「水力発電所の改修は、全員が未経験でした」
それでも「やるしかない」と腹を括り、正解のない中で自分たちが答えをつくるプロジェクトが動き出した。
02
プロジェクトは、改修が必要な箇所と程度を見極めて、具体的な工事計画を策定することから始まった。工事を進める前提となる環境や条件をひとつずつ整理し、技術面・運用面・法規面を検討していく必要があった。同時に、地域の人々との信頼関係を構築するために、地元公民館での説明会も実施。
「工事の説明だけでなく、不安や疑問に丁寧に向き合うことを心がけました。笑顔で地域の方々に寄り添い、一人ひとりの声に耳を傾け続けることを大切にしました」(K.S.)
工事の着手にあたって立ちはだかったのは、河川法をはじめとする複雑な法規制の壁だった。一つ判断を誤れば、計画そのものが立ち行かなくなる。技術的に「できる」だけでなく、「どうすれば実現できるか」を考え抜くことも求められた。
「国土交通省の担当部署へ何度も足を運び、指摘を受けては計画を見直し、法律書を読み返す。簡単な道ではありませんでしたが、工事許可への道を探っていきました」(Y.H.)。
最終的に承諾を得ることができた背景には、町長をはじめとする地域の方々からの理解と協力に加え、メンバーの諦めない姿勢が実を結んだためだった。
「直接会って、思いを伝える。そうすれば必ず力を貸してくれる人がいるんです」(Y.H.)。
高度な技術力だけでなく、人と人との信頼関係、そして“想い”がそろって初めて成し遂げられる仕事だった。
03
だが、ここまでの苦難は序の口に過ぎなかった。工事がスタートしても、計画通りに工程が進まなかったのである。現場を確認する中で、設計そのものに見直しが必要だと気づいた。その課題を突き止めたのは、土木建築部に所属するW.K.だった。
土木に精通したW.K.は設計条件と実態との差を一つずつ洗い出し、工事を依頼している施工企業と何度も議論を重ねた。さらに、現場に足を運び、自ら確認しながら工事の精度を上げていった。
他にも想定外の出来事は日常茶飯事だった。河川から水を取り入れる取水設備は完成直後の門に不具合が見つかり、使えなくなった。導水路トンネルでは想定外の硬い岩盤に阻まれ、掘削機も故障。工期は数カ月単位でずれ込んだ。
「トラブルがなかった日は1日もありませんでした」(Y.H.)。
3歩進んで2歩下がるような日々。それでもメンバーは前進し続けることを諦めなかった。困難に直面するたび100年前の先人たちの血が滲むような努力に背中を押された。こんなところで立ち止まるわけにはいかないという強い思いが湧いてきたのである。
やっとプロジェクトが軌道に乗り始めた矢先、新型コロナウイルスの感染が拡大。人も建材も資材も、すべてが制限されるという異常事態だった。
その中でもメンバーはできることを探り、手段や方法に固執せず、ダメならすぐに別の方法へ切り替え、プロジェクトを前進させていったのである。
04
数え切れないほどの壁を乗り越え、2022年、「五ヶ瀬川水力発電所」の改修工事は無事完了した。最終的には、水車、発電機、変電設備、水槽、水圧鉄管など、多くの設備を撤去して改修。
「到底完成しそうにない」と絶望的な状況に陥ったことも一度や二度ではない。それでもメンバーは決して諦めなかった。その理由について、メンバーは口をそろえて次のように答えている。
「仲間です。ここには投げ出す人が1人もいなかったし、多くの関係者が私たちをサポートしてくれました。一生懸命な仲間や、支えてくれる人たちが周りにいたから、絶対に完成させると腹が決まりました」。
当初3人だったチームは、最終的には17人の体制へ。未経験から始まったプロジェクトは、それぞれが経験を積み重ねて大きく成長し、組織としての力を高める経験にもなった。
生まれ変わった「五ヶ瀬川水力発電所」は、次の100年も旭化成の事業を支えることになる。
旭化成が保有する残りの水力発電所も同様に老朽化が進み、その改修が課題となっている。今回のプロジェクトに参加したメンバーはここでの経験・知見を活かし、各発電所の改修を担当。それぞれが次のステップへ踏み出した。
それは、100年前から“たすき”として受け継がれてきた開拓者精神を、この先の未来へと受け継いでいくことを意味している。未知に向き合い、手探りで道を切り拓く。そんな挑戦が、次の100年を動かしていく。
Before
After
河川から水を取り入れる制水門や土砂を吐出す排砂門を全面的に改修。門が開閉しないトラブルが発生するなど、困難が多かったポイント。
※赤枠箇所は「魚道」と呼ばれ、魚の泳ぐ場所を確保するために設置しているもの。
Before
After
約6.4kmにおよぶ導水路のうち、老朽化の顕著な3.0kmの覆工コンクリート打設および高性能断面修復材を用いた施工を実施。全面の古いコンクリートを剥ぎ、厚みが足りない箇所は岩を掘削し、コンクリートで覆工。岩壁が想像以上に硬く、掘削機が故障して1カ月使えなくなることも。
Before
After
100年にわたって大量の水を受け止め老朽化した水門も、今回の改修工事で刷新。
Before
After
水槽から水車に流し落とす水に含まれる落ち葉や枝を除去する除塵機もリニューアル。屋根も新たに設置され、除塵機の劣化を抑える工夫も施された。また、操作時の安全性も向上。
Before
After
上下に動く移動式クレーンを仮設し、古い水圧鉄管を輪切りにして細分化のうえ撤去。新たな水圧鉄管は継ぎ目ごとに全面溶接をしている。
Before
After
Before
After
既設の建屋を活かしつつリニューアル。水車と発電機も新しくなり、発電効率が向上。効率が上昇した分の発電量を石炭火力発電に換算すると、CO2排出量を年間約1万t削減する効果がある。