Asahi KASEI新卒専門職
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Careers Step 専門職のキャリアステップ

キャリアステップのイメージ

群類転換制度での
総合職への
キャリアアップ

社内の群類転換制度を利用して、組織のマネジメントも担える人財へとステップアップし、リーダーとしての役割や責任範囲を広げて活躍することも可能。

部長・課長(経営職)

大きな組織のリーダー。経営の視点とチームメンバー意識を高めるマネジメント。スペシャリストとして、高度なテーマを完結。

入社15年目:運転主任・係長

マネジメントを担う役割・製造責任者。
新規プラント立ち上げの中心人物。海外にて技術指導。

入社10年目:チーフ・チームリーダー

製造工程の改良、生産管理の効率化等周囲を巻き込んでのテーマ実施・新規事業計画に即したより高度な設備管理計画の実行。監督者の一部も。小さなチームの長としてテーマを遂行し完結。

入社1~5年目:担当者

工程や製品に関する基礎知識の習得。運転・実験装置の習得と実行。1人で保全計画が立てられる。1工程を完全に任せられる。

キャリアステップ例

社員01

鈴鹿一筋35年。仲間のために、地元のために。

消費財事業部 高機能パッケージング技術開発部 部長
工業化学科卒 1991年入社

開発職としてキャリアをスタートし、製造職に異動してキャリアを積む。その後、再び開発職に戻り、部長職として現在に至る。「上司や仲間にとても恵まれた会社人生です。運もあると思いますが、それを引き寄せるうえで、人間力やコミュニケーション力も役に立ったのではないかと感じています。」

1991年~1997年
樹脂製品技術センター 第1技術グループ

トピックス

・食品包装用フィルムや機能性繊維などのサラン製品の開発に携わる
・入社2年目に結婚。長女、次女が生まれる
・職場の仲間とテレビの仮装番組に11回連続で出場

旭化成への入社を決めた理由の一つが、キャリアアップのための社内試験と自分の成長がしっかり結びついていると感じたことでした。資格試験合格を目指して勉強することで成長していける、その道筋が明確であることにやりがいを感じたのです。また、地元三重県鈴鹿市出身ということもあり、地元の大企業である旭化成への憧れもありました。結婚など生活の基盤をしっかり築けたのも、安定した環境で長く働ける企業に入社できたことが大きいと感じています。
仕事では食品包装用フィルムや機能性繊維などのサラン製品の開発を担当。国内外で広く親しまれている人形のドールヘア用素材も担当しました。仲間とテレビの仮装番組に出場するために東京まで出かけるなど、職場の人間関係はとても良好で、旭化成ならではの温かな社風は、今も変わりません。

1998年~2005年
生活製品技術センター パッケージング技術グループ

トピックス

・ポリオレフィン系フィルム製品の開発に携わる
・特許を複数取得
・マイホーム建設

サラン系製品の開発からポリオレフィン系フィルム製品の開発グループに異動しました。担当したのは、コンビニのお弁当などを包むのに使われているフィルムの開発です。幸いにもヒットして売り上げが急増しました。組成検討→試作→実機試作→ユーザー評価と一貫して開発に携わった製品が完成し、弁当工場で他社製品から自分たちの開発品に置き換わっていく様子を目の当たりにしたときは、本当に達成感がありました。
一方で安価な海外製品への対応策として特許を取得することが重要だと考え、自主的に勉強を始めて、複数特許を取得することができました。プライベートでは、マイホームを建てました。地元にしっかり根を下ろしたいという思いが強かったです。

2006年~2013年
サランフィルム製造課 係長

トピックス

・製造職に係長として異動
・事業のV字回復に挑み、黒字化を達成
・海外出張なども増加

開発から製造へ異動するという、キャリアの一大転機を迎えました。それまで部下はゼロだったのですが、一挙に数十人もの組織の管理をすることになり、腹をくくったことを覚えています。当時、事業は赤字で、黒字回復が課せられた目標でした。そこで製造工程の徹底したスリム化に挑み、事業のV字回復に成功しました。製造の最前線で結果を出せたことは自信になり、開発職に戻ったときの大きな財産となりました。
また、現場の方々を含めて素晴らしい仲間に恵まれたと思います。仕事の後にみんなで飲みに行ったことはいい思い出ですし、退職された先輩方とは今も時々一緒にお酒を飲んでいます。

2014年~2025年
高機能パッケージング技術開発部/2022年に部長に昇格

トピックス

・経営職として開発職に戻る
・鈴鹿製造所の高専卒第一号のエキスパート(高度専門職)に認定
・地元の神戸石取祭を主催者側として地域を盛り上げる

もう少し製造の仕事に携わりたいと後ろ髪を引かれつつ、開発職に戻りました。上司の「開発の能力が評価されたからだよ」との言葉は嬉しかったです。2022年に部長に昇格しましたが、エキスパート(高度専門職)に認定されたことは自分にとって大きな誇りでした。鈴鹿製造所の高専卒社員としては第一号のエキスパートです。エキスパートも部長職も、入社時には想像もしていなかったので、本当に感謝しかありません。苦労もありましたが、絶対に目標を達成できると信じていたので、辛さは感じませんでした。そのゴールも自分で決めたものでしたから、なおのことでした。
私は入社以来鈴鹿一筋。地元をもっと盛り上げたいとの思いから、神戸石取祭(かんべいしどりまつり)という祭りの役員に就任しました。これからも旭化成と地元をもっともっと元気にしていきたいと思っています。

高度専門職制度による多様な
プロフェッショナル人財の育成

当社グループでは、新事業創出、事業強化へ積極的に関与し、貢献することが期待できる人財を「高度専門職」として任命、育成、処遇することで、社内外に通用する専門性の高い人財の層を厚くする「高度専門職制度」を実施しています。本制度では高度専門職を5つの区分に定義しており、それぞれの役割を明確にするとともに処遇を向上させ、人財の成長を促すと同時に優秀な外部人財を獲得するための仕組みとしています。高度専門職がコア技術領域の研究開発をリードし、多様な技術や人財をコネクトさせることで、事業の拡大につなげます。
また、各領域における高度専門職の後継者育成計画(サクセッションプラン)を策定し、事業の強化と人財育成をリンクさせ、競争力の強化につなげます。

キャリアステップ例

社員02

工場・本社・海外。多様な環境で培った、多角的な視点と専門性。

経理・財務部 地区経理統括室 延岡管理会計グループ グループ長(課長)
教育文化学部卒 2007年入社

経理専門職として新卒で入社。工場経理担当として経験を積んだ後、総合職に転換。本社での事業管理業務に加え、海外実務研修生としてシンガポール赴任も経験する。帰国後は複数事業の事業管理を担当。その後地元宮崎に戻り、延岡地区経理のグループ長に。座右の銘は『面白きこともなき世を面白く』。この言葉どおり、想定外も含め、前向きに会社人生を歩んできました。様々なチャレンジをさせてくれた会社に感謝しています。

2007年~2014年
愛宕事業場 管理室

トピックス

・経理担当者としての基礎を学ぶ
・総合職転換に必要な資格を取得
・2011年に結婚

大学院進学も考えていた私が旭化成に入社したのは、就職指導室で偶然目にした求人票がきっかけでした。地元を代表する企業で親戚も勤めており、親を安心させられるという点も後押しとなりました。当時は明確な志や長期的なビジョンがあったわけではありませんが、気がつけば20年近く勤めてきたのですから、人生とはわからないものです。
教育文化学部出身で、当初は経理の知識もほとんどありませんでした。経理部門への配属後、最初の3年間は基礎知識の習得に集中し、ひたすら吸収する日々を過ごしていました。それは決して苦ではなく、むしろ知らないことを吸収していく充実感が心地よかったです。担当業務は、担当製品の予算編成や予想・月次決算、原価管理やコストダウンの提案、投資採算の算定など多岐にわたりました。業務と並行してビジネス実務法務検定2級を取得し、中小企業診断士一次試験にも合格。これらの学びを土台に、総合職に転換しました。

2014年~2018年
経営総括部 計数管理室 経理部 石油化学事業管理室
基礎化学品・ポリエチレングループ

トピックス

・本社異動
・事業全体の数字を見る
・中小企業診断士の資格を取得

本社への異動は、それまで工場経理の担当者が経験することの少ないもので、私自身にとっても新たな挑戦となりました。家族にとっても環境の変化はありましたが、結果的に「行ってみてよかった」と感じています。
事業部長のすぐ近くで仕事をすることで視座は大きく高まり、事業全体の損益を意識しながら業務に取り組むようになりました。最初に担当した事業は事業環境が厳しい状況でしたが、計数情報をもとに黒字化に向けた提案を重ねることで、事業は着実に好転し、収益改善の手応えを得ることができました。この体験は、自身の成長を強く実感する大きな転機となり、その後の仕事への自信につながりました。また、2015年には中小企業診断士の資格を取得しました。

2018年~2019年
旭化成シンセティックラバーシンガポール 
経理課

トピックス

・海外実務研修生としてシンガポールに赴任
・海外子会社の経理業務に携わる
・現地メンバーとのコミュニケーションで英語力を磨く

シンガポールへの赴任も、新たな挑戦として上司から打診されたものでした。海外勤務は想像もしていませんでしたが、「海外で自分の幅を広げてみたら」という上司の言葉に背中を押され、挑戦を決意しました。
配属された経理課の日本人は私一人で、英語も決して得意とは言えない状況でした。その中で円滑にコミュニケーションを取るためには、考え方や文化の違いを理解し、受け入れる姿勢が欠かせません。多様な背景を尊重することが、意思疎通の土台になるのだと学びました。また、日本では経験していなかった決算や資金繰り業務にも携わり、実務を通じてキャッシュフローの重要性を深く理解することができました。言葉や文化が違っても、経理における本質的な考え方は日本も海外も変わらないと気づけたことは、大きな自信につながっています。

2019年~2024年
経理部 基盤マテリアル事業管理室 モノマーグループ グループ長代理
経理・財務部 環境ソリューション事業管理室 第二グループ 
グループ長代理

トピックス

・初めて部下を持つ
・資本効率やキャッシュフローの重要性を学ぶ
・統計学の勉強も始める

シンガポール赴任を終えて日本に帰国したのは、本社が日比谷へ移転したちょうど翌年でした。帰国後すぐに新本社で業務を開始し、厳しい局面にあった事業を担当しました。シンガポールで培った資金繰りやキャッシュフローの視点を活かし、より広い視野で事業管理に取り組むことができました。
また、このタイミングで初めて部下を持ったことも印象に残っています。もともと人の面倒を見ることは好きだったため、大きな負担に感じることはありませんでした。ただ、コロナ禍ということもあり、チーム内でのコミュニケーションには工夫が必要になりました。そこで毎朝必ず30分のミーティングを設けるとともに、メンバー一人ひとりの状況に常に気を配ることを心がけました。この経験から、日頃の小さな気配りの大切さを学びました。現在も、こまめに声をかけるだけでなく、社内チャットでの気軽なリアクションなど小さな接点を積み重ねることを意識しています。コロナ禍での経験が、今のマネジメントにしっかりと活きていると感じます。

2024年~2025年
経理・財務部 地区経理統括室 延岡管理会計グループ グループ長

トピックス

・延岡地区に異動
・延岡・日向地区の管理会計メンバーの育成
・マネジメントやAIに関する勉強

延岡を離れて10年。念願かなって、延岡地区に戻ることになりました。家族にとっては環境の変化もありましたが、理解と協力を得て、新たなスタートを切ることができました。
現在は、延岡・日向地区の各工場における投下資本管理の強化や、管理会計を担うメンバーの育成・指導、DX推進を主なミッションとしています。入社当時に上司からかけられた「地区の経理を背負って立つ人財になりなさい」という言葉が今も心に残っています。本社やシンガポールでの経験も含め、これまで学んできたことを活かし、地区経理の高度化に取り組むとともに、AI活用など新たな挑戦も進めています。延岡地区での取り組みを今後は全国へ展開していく構想も描いています。 工場ではものづくりの最前線に立つ視点で事業を見つめ、本社では事業全体を俯瞰する視点を学びました。変わらずにあるのは、メーカーである旭化成の一員としての“事業への愛”です。今後も経理としての専門性を発揮し、事業の発展に貢献していく覚悟です。

キャリアステップ例

社員03

電気設備の保全一筋。安定生産を支える覚悟が誇りに。

延岡設備技術総部 延岡第二設備技術部 第二電気技術課 担当課長
電子制御工学科卒 2006年入社

学生時代は電気の基礎を中心に学び、入社後は電気担当として実務を通じて専門性を身につけてきた。延岡では不織布工場の電気設備保全を長く担当し、現在はベンベルグ工場の保全を担っている。「これまで私を育ててくれたすべての上司に感謝しています。今の自分がその背中にどこまで近づけているかは分かりませんが、それぞれの上司の良いところを吸収しながら、よりよい経営職を目指していきたいと考えています」

2006年~2007年 技術企画室

トピックス

・2年間の長期研修
・電気設備に関する基礎知識・技術の習得
・他工場への訪問やメーカー研修を通じて実践的に学ぶ

子どもの頃からスポーツウェアを通じて繊維に親しんでおり、「繊維といえば旭化成」というイメージを持っていたことが、入社のきっかけでした。
入社後は電気設備の保全を担当することになりましたが、当時は久しぶりの新入社員で、周囲にはベテラン社員が中心の環境でした。新人を丁寧に育てる方針のもと、育成を目的とした技術企画室が設けられ、そこで2年間、徹底的に基礎を教わりました。
他工場への訪問や電機メーカーでの研修など、学びの機会にも恵まれ、時間をかけて成長させてもらえたと感じています。学生時代は電気の基礎を中心に学んでいた私にとって、本当に貴重な2年間でした。「手厚い育成を受けられた新人期間だった」と、今振り返っても、強く感じています。

2008年~2011年 
不織布工場 保全課

トピックス

・電気設備保全業務を本格的に担当
・工場の電気主任技術者に選任される
・計画保全の考え方を習得

研修期間を経て、入社3年目から本格的に保全業務を担当することになりました。担当したのは不織布工場です。現場に足を運びながら電気設備保全の計画を立て、外部の協力会社と連携して業務を進めました。特に印象に残っているのは、3年目の若手ながら工場の電気主任技術者に選任されたことです。当時、社内では最年少でした。前任者の定年退職に伴うもので、責任の大きさに身の引き締まる思いでしたが、その分、多くの経験を積むことができました。会議では経験豊富なメンバーと意見を交わす機会が多く、議論を重ねる中で現場に根ざした判断力や考え方を学びました。そうした日々の積み重ねが、短期間での成長につながったと感じています。入社4年目には、自身が初めて担当した工場の撤退という局面にも立ち会い、自分の仕事が事業の業績や判断に直結していることを強く実感しました。この経験を通じて、仕事に対する責任感が大きく変わりました。

2012年~2018年
延岡第二設備技術部 第二電気技術課 
不織布工場

トピックス

・不織布工場の保全業務を主担当として担う
・グループをまとめるリーダーに
・リーダーシップやプロジェクト管理スキルを学ぶ

この時期は、私にとっての“がむしゃら期”でした。この時期、不織布工場の電気設備保全は私が主に担当しており、設備が止まれば生産にも影響が出てしまうため、大きな責任を感じながら業務に向き合っていました。トラブル発生時には、状況を確認したうえで必要な判断を行い、関係者と連携しながら対応する、まさにがむしゃらな日々でした。一方で、担当を任せてもらっていたからこそ、業務の進め方やルールを見直し、自分なりに工夫を加える余地もありました。資料やマニュアルの整理方法一つを取っても、どうすれば効率よく管理できるかを考え、改善を重ねていきました。
その結果、設備改善や予防保全(故障を未然に防ぐ仕組みづくり)が定着し、現在では不織布工場における突発的なトラブルは大幅に減少しています。

2019年~2023年
延岡第二設備技術部 第二電気技術課 
不織布工場

トピックス

・係長としてグループを統括
・初めて部下を持つ
・マネジメントスキルを本格的に習得

初めて部下を持ったことも、私にとって大きな転機でした。それまで自分で考え、自分で動くことが中心でしたが、業務を任せ、成長を信じて見守ることの大切さを学びました。育成のためのマニュアルは用意されていましたが、現場で一緒に作業をしながら伝えられることも多く、日々のやり取りを通じて部下の育成に向き合っていきました。教える立場になったことで、自分自身も基礎から知識を見直す機会が増え、理解をより深めることができたと感じています。部下とともに成長していく実感は、その後の仕事にも大きく活きています。

2024年~
延岡第二設備技術部 第二電気技術課 
ベンベルグ工場

トピックス

・ベンベルグ工場の保全を担当
・担当課長に昇進
・結婚し、子どもも生まれる

創業94年の歴史を持つベンベルグ工場で、電気設備の保全を担当しています。長い歴史を持つ工場であるため、設備の状態には常に目を配る必要があります。『ベンベルグ®』を生産しているのは旭化成だけであり、万一生産が止まれば、世界中の消費者に影響が及びます。そのため、トラブルが発生してから対応するのではなく、兆しを捉えて未然に防ぐことを重視しています。電気設備は、人がどれだけ体調管理をしていても風邪をひいてしまうことがあるのと同じように、どれほど注意を払っていても不具合が生じることがあります。だからこそ、安定した生産を支え続けられたときの喜びは大きく、それがこの仕事の最大のやりがいです。生産現場では、電気設備が動いていることは当たり前のこと。その「当たり前」を守り続けているという実感こそが、保全担当としての誇りになっています。

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